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「主張」

※機関誌「宣教」(2019年3月号)「主張」欄より


 「長老の研鑽について」


 長老の研鑽について考える時に 何よりも先ず思い起こすことは、自分自身が母教会においてどのような教育と訓練を受けてきたかということである。そのことを今一度省みることから出発しなければならないと思われてならない。
 小生は神学生時代の六年間を国立教会において教会生活をする機会が与えられた。当時の牧師は宮本信之助先生であり、多くの神学生が教会員として籍を置いていた。月に一回午後から牧師館で神学生会が開催されていた。その内容は神学校での生活の様子、授業について、研究発表が神学生からなされ、それらの話題に関して宮本牧師が一言提言がなされるものであった。また説教の準備、聖書研究の仕方にまで話が及んだ。そして美恵夫人の心尽くしの夕食を共に頂いた後に聖書研究会、祈祷会の集会に臨んだのであった。
 またその頃、「宣教」の発刊の責任を宮本牧師がしておられた。宣教の原稿を印刷所に持参し、完成した印刷物を教会に持って帰って各教会に発送することが神学生会の務めになっていた。それ故、誰よりも早く宣教に掲載される記事が読めることが楽しみであったことを覚えている。
 宮本牧師が神学生会で「君達は神学校を卒業したら、教職になるのであってもう二度と信徒に戻れないのだから、ここで一番良い信徒であって欲しい」と言われた言葉の意味を考えさせられている。一番良い信徒でいるとは、一体どのような信徒のことを言うのであろうか。
 その後、国立教会には宍戸達・好子牧師が着任されるのだが、当時は学園紛争、教会紛争の激しい時代で、神学校も紛争の嵐に巻き込まれ、出席神学生が減少した時代であった。そのような状況の中で小生が宮本・宍戸両牧師から教育され訓練された大切なことは、良き長老・信徒を産み出していくことの重要さであった。
 小生が今迄経験してきた教会は 母教会に始まり、岡山の蕃山町教会、伝道師と牧師として、金沢教会、内灘伝道所、そして尾張一宮教会、東京の自由が丘教会。現在は仙台の泉高森教会で奉仕させて頂いている。そこでの長老達との出会いを通して示される事実は、牧師は長老によって育てられ、長老は牧師によって養われる、信徒も同じことが言われる、ということである。
 まさに教会が牧師を成長させ、牧師が教会形成へと導くものであると言うことが出来るのだが、その為に(長老の研鑽のために)何か特別な学びが必要なのかと言うとそうではない。教会の日常的な活動に積極的に係わることが研鑽の基本なのである。教会が出会うであろう体験の全てに長老が真っ先に与って頂きたい。何よりも教会の公けの集会、礼拝、祈祷会、諸集会で宣教長老たる教職が語る言葉の一番の良い聴き手になることが求められる。教会生活の基本である礼拝に出席することから始まり、そこで語られる説教を神の言葉として聴くことが出来るように聖書に親しみ、神の御言葉、神の声を聴き取ることが出来るように自己訓練するのである。
 次に祈祷会に連なり、礼拝のため、教会の歩みのため、信仰の友への執り成し、求道者の救いのために祈る訓練に励んで頂きたい。また、連合長老会、志を同じくする群れが主催する修養会、研修会に進んで参加するものであって欲しいと望む。そして「宣教」等々の機関紙を愛読することを通して大いに学んで頂きたい。
 新しい教会に来て学んだことは、牧師も長老・信徒も未だ相互理解不十分な時期に、長老の方々が積極的に牧師と行動を共にされ、教会外で牧師が語る言葉にも耳を傾けるという共同の体験を通して、相互理解が深まる、ということである。牧師と共通した体験を重ねることによって、より深い理解が生まれてくるのであろう。


泉高森教会 阿部 祐治


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