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「主張」

※機関誌「宣教」(2021年3月号)「主張」欄より


 コロナ禍における地域連合長老会(東部)


 教会がこれほど混乱するとは、誰が予測しえたであろうか。新型コロナウイルス感染症の報道に敏感ではなかった不明を恥じいるばかりだ。東部連合長老会としても為しうる事は為したつもりだが不充分であろう。ボンヘッファーの「キリスト者の交わりが、いつ取り去られるかもわからない賜物だ」という言葉が身に染みる。礼拝を休止するが東部として指示があるのか、との問い合わせがあった。この時、既に各個教会の長老会の判断に委ねるという姿勢を答えたが、監督制度でない日本基督教団の中では精一杯の対応であろう。集団の危機管理の面から考えるとこれが混乱を招く原因ともなると後で教えられた。因みにローマ・カトリック教会は、信徒の礼拝義務を免除するとの通達が出、司祭達の礼拝を動画配信するという方法をいち早く採用していた。とはいえ長老制度の教会として各個教会の判断に委ねた事は間違いではないと思う。
 緊急事態宣言が出された後、東部連合長老会常置委員会をメールによって開催し、各個教会の対応の状況を把握する事に務めた。それぞれが置かれた状況から、牧師と長老のみが礼拝を捧げるという教会や、感染防止対策をした上で普段通りの礼拝を行う教会、またやむを得ず礼拝を休止された教会もあった。
 ある神学者が、バビロン捕囚になぞらえてコロナ捕囚だと述べたが、予定されていた会議や集会を中止せざるを得なくなり、活動が滞っている事は否めない。のみならず、それぞれの教会が伝道の希望を失いかけている事が見てとれるのが心配である。それこそがコロナ捕囚と呼ばれる理由だとすれば、東部連合長老会としての課題は牧師や長老方の疲弊を軽減し、慰めと励ましの施策を考えることであろう。
 各個教会の対応の仕方はほぼ同じであり、礼拝堂入り口での手先の消毒、換気、座席制限や間隔を空けてといった方法から、礼拝時のマスク着用や、礼拝時間短縮まで可能な限り、感染を防止する手立てを講じている事を確認している。ただ集会の中止の報告だけでなく、インターネットを利用した動画の配信を行う教会も増えている。無論、そうした利用が出来ない高齢者や技術のない者への配慮も考えないとならないだろう。
 しかし地域連合長老会の対応の課題を追ってきた中で、しばしば問われた事がある。おそらく個人的な感想かもしれないが、コロナ禍で一番危険にさらされたのは何であるか、ということである。時間のない中、どうしてもコロナの対応の事を知りたくて関連の書物を読んだが、神学者達が何度か引用しているのがロドニー・スタークの『キリスト教とローマ帝国』という書物であった。過去に起きたパンデミック、特にローマ帝国に起きた疫病に対応したキリスト者の行動に一般のローマ人より親切で配慮の長けている事に目を見張ったという。ヨハネの手紙一の第四章一九節を思い起こさせる。
 今回、パンデミックという事を改めて考える事になったが、一つ気になる言葉がある。ソーシャルディスタンスである。ある指摘ではフィジカル・ディスタンスだが、そもそもこの社会的距離が一番危険な分離を誘い、信仰さえ危険にさらす。礼拝堂を閉鎖し、代わりに動画で配信し、あるいは説教の要旨を文書で送るが、分離の危険は消えない。思い過ごしなら良いが、かつてレビ記でも重い皮膚病に罹った人は祭司に体を見せ、汚れた者と叫ばねばならなかった。それこそ社会的距離があったのだ。しかし、主の福音こそその距離を無にしたのではなかったか。
 東部連合長老会も今呻き嘆いているが、詩編第一三七篇のように礼拝を慕いつつ、家庭での祈りに交わりの絆を見出そうとしている事に希望を重ねている。忍耐の時を支える祈りが必要なのだ。

砂町教会 三原 誠






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