長老の務めの第一は、良き礼拝
者になることです。御言葉を語る
牧師が説教の準備に十分な時を与
えられるように祈ること、毎週の礼
拝の中心に主イエス・キリストが立
たれて、礼拝者ひとりひとりを聖霊
で満たしてくださるように祈り求め
ることです。そして礼拝で語られる
御言葉に押し出されて一週を過ご
す幸いを感謝しつつ、与えられた課
題をひとつひとつ果たせるよう祈る
ものでありたいと思います。
初代教会が聖霊に満たされて伝
道する有様を記した使徒言行録第
一三章二節に「彼らが主を礼拝し、
断食していると、聖霊が告げた。
『さあ、バルナバとサウロをわたしの
ために選び出しなさい。わたしが前
もって二人に決めておいた仕事に当
たらせるために。』そこで彼らは断
食して祈り、二人の上に手を置い
て出発させた」とあります。
シリアのアンティオキアの教会か
ら祈りを持って伝道へと派遣された
サウロ(後のパウロ)は、三度の
伝道旅行を行い、当時の地中海世
界にいくつもの教会を生み出しまし
た。
わたしたち日本の教会も一五〇
年ほど前に、主にアメリカの教会の
祈りによって宣教師が派遣され生
み出されました。礼拝共同体であ
る教会の祈りによって伝道され教
会は誕生します。ひとりひとりのク
リスチャンの信仰はこのような教会
の礼拝での聖霊の導きにより、祈
りによって神様から与えられます。
長老はそのような教会の祈りによっ
て神様から選ばれたものとしての務
めを果たします。
ですから、長老の研鑽は良き礼
拝者であり、祈ることなのです。聖
書は、最初から教会を生み出した
と証言しています。主イエス・キリ
ストの体である教会を生み出し、
成長させるのが教師・長老の務め
です。日本の教会は個人の信仰を
重んじる傾向にあります。しかし、
二千年この方教会は一貫して信仰
共同体である教会の信仰を伝えて
きたのです。基本信条にある公の
信仰を継承することが教会の、従っ
て長老の、第2の務めです。
連合長老会日曜学校委員会では、
二〇〇五年に『子どもと共に学ぶ
明解カテキズム』(キリスト新聞社)
を編集しました。また、翌年からカ
テキズム教案を作成し、今年で八
年目になります。
当初は、教案を作成する牧師・
教師も、それを使用する日曜学校
教師も手探りでした。日曜学校の
校長をしておりますわたしも(学生
の頃から日曜学校で奉仕してまい
りましたが)長年の望みがかない、
喜ばしいと思う反面、教案を使用
して説教の準備をいたしますと、与
えられた聖書箇所と教理の箇所と
をどのように調和させて子供たちに
語るのか迷いました。
ところが、使い続けているうちに
気づいたのです。教会で大切にし、
継承してきた使徒信条・十戒・主
の祈りを学び続けることは、生きた
信仰そのものであること。それが礼
拝でともに学ばれ、説教で語られる
時、聖霊が導いて下さり、礼拝す
る子供達ひとりひとりに信仰を言い
表すようにうながしておいでになる
ことを。もちろん日曜学校の教師
たちにも聖霊ははたらいて豊かな霊
の賜物をくださいます。
わたしたちが礼拝で牧師から説
教を聞く時、聖霊の働きによって
ひとりひとりに、その週に必要な命
の御言葉与えられます。そのことを
知らされて、わたしたちは心から神
様を賛美し礼拝を捧げます。そし
て、主から促されます。伝道へと
派遣されるのです。わたしたちはひ
とりで伝道するのではありません。
教会の祈りに支えられて派遣される
のです。
長老の祈りは、個人的な祈りか
ら所属する各個教会のための祈り、
更に地域連合長老会のために、そ
こに所属する同労の諸教会・長老・
教会員のために、そして全国連合
長老会に所属する同労の諸教会・
長老・教会員のために祈ります。
世界中に主の教会が生み出され豊
かに成長するよう祈ります。
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